FC2ブログ

お引っ越ししのお知らせ

ブログはお引っ越ししました。

新しいブログはこちら。>>「願隨寺blog


pht_blg_190911.jpg

ブログもお引っ越し

GoogleサイトだとBloggerで作ったブログを簡単に埋め込めるので、ブログもお引っ越しすることにしました。
新しいブログはこちら。>>「願隨寺blog

ホームページをリニューアル★,。・:・゚

願隨寺のホームページをリニューアルしました。
新しいホームページはこちら。>>「真宗大谷派(東本願寺) 願隨寺

Googleサイトでシンプルですが使いやすいので更新が楽になります。
これからもよろしくお願いいたします。

pht_blg_190701.jpg

見逃していた琵琶の実♪

pht_blg_190615a.jpg

住職が「ビワの葉っぱが通風にいいらしい!」というので代務寺院の琵琶の葉っぱを取りにいきました。

pht_blg_190615b.jpgここの琵琶は酸っぱくて美味しくないと聞いていたので実は取ってみたことが無かったのですが、ついでに収穫してみました。
ちょっと味見してみるをビックリ!甘くて美味しいじゃないですか!!
これまで放置していた事が悔やまれます。
きっと近所の鳥達が美味しく食べていたのでしょうね。

たくさん採れたのでまだ若い実はコンポートにしてみました。
甘酸っぱくてとてもいいお味。来年からは見逃さないようにしないと♪
     【by坊守】

pht_blg_190615c.jpg

『歎異抄』朗読の6月分~第二章

しゃらりん_icn『銀杏通信』の「ボイスロイドによる『歎異抄』朗読」の6月分として、第二章をアップしました。

『歎異抄』の第二章は、関東から京都へ数百キロにのぼる危険な旅をしてまで親鸞聖人を尋ねてきてくださったご門徒たちに、親鸞聖人から厳しい言葉が投げかけられる場面です。

ご門徒たちの目的は様々な事情で生じた念仏の教えへの迷いを解決したい、ただその一心!・・・それはそうなのですが、どこかにまだ・・・というかもっと確証が欲しい!と、そういう気持ちがあることを親鸞聖人は見透かされます。
その疑問に対し、親鸞聖人は相手を教え諭すのではなく、自分自身の念仏の信心を率直に告白するということをもって応じます。

聖典朗読 『歎異抄』 第二章よりぜひご視聴ください。

ちなみに聖典朗読『歎異抄』のアイコンは娘に描いてもらいました♪

淡竹料理あれこれ

今年も代務寺院の境内には裏の竹やぶから淡竹(はちく)がにょきにょき生える季節がやってきました!

3日に一度は様子を見に行って筍狩りをしています。
これを放置すると境内があっという間に竹林になってしまうんです…。

pht_blg_190610a.jpg

たくさん採れた淡竹筍は、歯ごたえがありとても美味しいのですが、なにしろ大量で食べきれないので姉妹や友人におすそ分けしています。

皆さん美味しそうに料理して、写真で報告してくださいます。

pht_blg_190610b.jpg
pht_blg_190610c.jpg

食べきれないなら刈ってそのまま捨ててきたらいいやんと息子はいいますが、こうして食べてもらえる方か筍も命を取られたかいがありますよね?     【by坊守】

27組真宗に学ぶ会 テーマは「幸せ」

27組真宗に学ぶ会の第四講が行われました。
今回のテーマは「幸せ」についてです。

講義に先立ち、班ごとに分かれての座談会では、参加者それぞれの「幸せ」についての考えを語りあいました。

人の数だけ幸せの形があり、感じ方があることを改めて感じました。
そして、今が幸せと感じている方もそうでない方も、こうして同じ時間を過ごして同じ講義を聴くことに、きっと意義があるんだろうな…とも感じました。

ある参加者の方が、田んぼの畔の雑草を鍬でかじながら今日のテーマについて考えていたそうで、「その時、今、俺、幸せやな…と思った。日ごろの忙しさに紛れて考えなかった「幸せ」に気づけたのはこの講座を受講していたおかげです」と言っておられたのがとても印象に残りました。     【by坊守】

pht_blg_190607.jpg

web連動企画【BOOKSしゃらりん堂】

これも大阪教区のHP『銀杏通信』がらみですが、新コンテンツ「Web連動企画【BOOKSしゃらりん堂】」のご紹介です。

大阪教区には教化委員会広報誌『しゃらりん』というものがありまして、その編集部員がお勧めする本の紹介です。
今月末に教区内寺院に発送される『しゃらりん』35号にも二人の委員の方が推薦図書を書いていますが、誰を掲載するかは安易ですがあみだくじで決まりました(笑)。

でも、せっかく書いていただいた原稿がもったいないので、『銀杏通信』上での掲載の運びとなったんです。

私の原稿は時事的なものでしたので今月中の掲載じゃないと…ということでWeb連動企画の第一弾の記事となりました。

私の紹介するのは『同性愛は「病気」なの?』という本です。
内容については「Web連動企画【BOOKSしゃらりん堂】」を是非ご覧ください。

pht_blg_190606.jpg

『銀杏通信』の新コンテンツ「聖典朗読『歎異鈔』」

大阪教区のHP『銀杏通信』に新しいコンテンツが登場しました。
VOICEROIDという読み上げ用音声合成ソフトによる『歎異鈔』の朗読です。

『歎異鈔』の朗読となると、単純にソフトに文章を読ませるのとは全く要領が異なります。
まず仏教用語が正しく読めない。なので言葉を登録しなければなりません。
古文なので正しく読めない。なので読ませる文章の言葉を句切ったり句読点を加えたりしなければなりません。
その上で、機械的な読み上げではなく、違和感を無くすよう、アクセントや間を調節しなければなりません。
結構チマチマした作業で、何度も聞き返したりして大変なんですよ。

pht_blg_190604b.jpg

で、前序と第一章を作りました。
聖典朗読『歎異鈔』」というページで公開しておりますので、是非聞いてみてください。

ちなみに、このシリーズのために作ったアイコンとイラストは、娘に就職活動で忙しい中、描いてもらったものです。
サンキュー♪(*´∀`*)

pht_blg_190604a.jpg

寺報6月(表) ―坊守エッセイ―

大学生の娘が就職活動に励んでいます。
希望はいろいろとあるようですが、その一つが自宅から通える職場。

娘は都会のゴチャゴチャが苦手らしく、田んぼが見えない所には住めないそうです。
通園、通学で通った農道の季節折々の風景に愛着を持っているのでしょう。

今日も愛犬の散歩で娘と一緒に農道を歩きました。
「そろそろ水を入れはるなぁ。」「空とか山が田んぼに映って綺麗やなぁ。」と、小吉田の田んぼは今も娘の感受性を育ててくれます。

夜、散歩していると短く「ケケッ」と鳴いて飛び立つ鳥がいます。
子ども達が「田んぼカモメ」と呼んでいたこの鳥は鳧(けり)という鳥なのだそうです。

結構よく見かけるのでどこにでもいるのかと思ったら、ネットで調べると珍鳥と出てきました。
田んぼが無いと生きていけないこの鳥が暮らしていける環境が保たれているのは、大切に田んぼを守っておられる方々のご苦労のおかげです。
いろんなおはたらきに感謝。南無阿弥陀仏。     【by坊守】

pht_blg_190601.jpg

インド仏跡参拝2018 カシミール編③ハウスボート

ハウスボートと言えば、土地の少ないアムステルダムで運河に浮かぶ住宅として利用されてきたものが有名ですが、こちらのハウスボートはインドが植民地時代に避暑地の別荘のような扱いで利用されていたものです。

ハウスボートへの渡し船はインドらしいパンチの効いた装飾です♪

pht_blg_190528a.jpg

ですが前々回に書いたように、インドとはいえスリナガルは穏やかな気候で落ち着いた街。
静かな水面を、船頭さんが漕ぐオールのチャポン・・・チャポン・・・という音だけをさせて進むボート。
こんなゆったりとしたインド初めて・・・あぁ、気持ちいい♪(写真に写っている友人は厳ついですがwww)

pht_blg_190528b.jpg

あぁ、着きましたねぇ。

pht_blg_190528d.jpg

船のお尻から乗り込むと、・・・早速物売りが。はやっ!
この辺はやっぱりインドでした。( ̄▽ ̄;)

pht_blg_190528c.jpg

アムステルダムのものと同様に、スリナガルの湖に浮かぶハウスボートは家一軒が丸ごと船になって全く揺れません(嵐がきたら知らんけど)。

長旅で疲れた腰を休ませるために大きなソファにゴロン。めっちゃ、エエ感じやん❤
装飾の形式に詳しくないのでその辺はあまり語れませんが、エスニックでかつ落ち着いた雰囲気の船内に和みます。

とりあえず、インドのビールといえばキングフィッシャー!おぉ、久しぶりの味~♪

pht_blg_190528g.jpg

軽く食事を済ませて観光に出かけ、夕暮れにまた湖を渡りました。
夕闇の中を再びチャポン・・・チャポン・・・という音だけをさせて進むボート。
とても幻想的な風景で・・・あぁ、気持ちいい♪

pht_blg_190528e.jpg
pht_blg_190528f.jpg

pht_blg_190528m.jpg

夕食を済ませて月明かりのテラスに出ると、湖を渡る涼しい風とチロチロと虫の鳴き声。
虫の鳴き声に気づけるほど静かなインドなんて、これも初めてです。

pht_blg_190528h.jpg

遠くからポーン・・・ポーンと花火のかすかな音が。
お祭りか結婚式か・・・。
スリナガルいいなぁ・・・もう一日ぐらいいたいなぁ・・・とキングフィッシャー片手の夜は更けました。

pht_blg_190528k.jpg
pht_blg_190528j.jpg

「う~~ん」と背伸びをして目が覚めるも、やはり静か・・・。
いつものインドなら人々の活動と共に始まるクラクションの喧噪で起きてしまうのに。
朝の空気もおいしいなぁ、インドじゃないみたい。

『旅猿』ばりにゴタゴタ続きだったここまでの行程でしたが(笑)、やっとゆっくりベットで眠れて快適な朝を迎えることができました。復活って感じです!

pht_blg_190528l.jpg

朝日が昇ってきましたね。
さぁ、いよいよ今日から高度を上げながらのチベット旅行、本番です!

お寺のカフェ「佐知s pocket」

pht_blg_190525a.jpg長浜別院の御遠忌にお参りしたついでに、前から行きたかった大津のお寺のカフェ「佐知s pocket」さんへ。

こちらは3月に参加した近畿連区坊守研修会の時に同じ班だった坊守さんが切り盛りされているカフェで、境内の書院でお食事を出されるだけでなくオンライン販売でスイーツも扱っておられます。

坊守としての仕事だけでなく、こうして夢を実現されていること本当に凄いなぁと思いました。

丁寧に作られたお料理はどれもとても美味しかったのですが、中でも御仏飯で作ったおこげのお茶漬けが感動的な美味しさでした。
お寺の奥さんならではの発想のお料理に関心しました。

食後は住職さんにお寺の縁起などのお話をしていただきました。
今度は坊守会の学習会としてお参りできたらいいなと思います。     【by坊守】

pht_blg_190525b.jpg

長浜別院の七百五十回御遠忌へ

pht_blg_190524a.jpg以前、全国坊守研修会に参加した際に同室で仲良くなった長浜教区の坊守さんからお誘いを頂き、長浜別院の七百五十回御遠忌にお参りさせていただきました。

7時に香芝インターで待ち合わせて一路長浜へ!
10時に始まる法要に丁度間に合って御堂に到着することができました。

堂内は参拝の方々で満堂で、モニターで法要の様子を見られる大広間も満堂!

音楽法要の後ふるまわれた「いとこ煮」は早朝から坊守さん達が700食用意されたそうです。

なかなか見ることの無い他の教区の御遠忌にお会いすることができてとても良い経験をさせていただきました!   【by坊守】

pht_blg_190524b.jpg
pht_blg_190524c.jpg

続々 「人が亡くなった時、仰向けに寝かされのはなんで?」

また、大谷大学の宗教学の教授である門脇健先生はこのようにおっしゃいます。
人間が人間として生きてゆこうとするとき、顔と顔を見交わすことはもっとも大切な基本的な行動ということになります。(中略)人問は、仰向けになってみんなに顔を覗き込まれることによってこの世に登場し、立ち上がっても顔と顔が向き合うような骨格になっています。さらには、死んだときにも仰向けに寝かされ、みんなに顔を覗き込まれます。死者となっても、そこに新たな関係を構築したいという願いが、死者を仰向けに寝かせるのでしょう。

ですから私はこう思います。顔を見るという行為によって、相手は「何か」ではなく「人」になります。
顔を見るという行為によってそれは「誰か」になります。
お母さんであったり、おばあちゃんであったり。
つまり、亡くなった人の顔を見るという行為によって、それは何かの「死体」ではなく人間の「遺体」になるんです。
「死体」ではなく「遺体」。
仰向けに寝かされて、顔を見られて初めて「人間の死」になるんです。

pht_blg_190521.jpgそして、それをしっかり見てもらう。
「人間の死」を見てもらう。見たくなくても見なさいと強制する。
それによって、あなたの大切な人は死にました。これは現実です。
そして、人が死ぬということも現実です。そして、人が死ぬという事実はあなたも例外ではありません!と見せしめる。
だから、「あんたたち、ボーっと生きてんじゃねーよ!」って言われているんです。

そういうことが葬送の儀式において最も大切なこととされてきたのです。
すなわち、死に向かい合うという最もリアルな「いのちの教育」が行われてきたんです。

ですから、「人が亡くなると仰向けに寝かされるのは~、(ジャジャン)見ることを強制するため~」なのでした。
これは番組でやってたんじゃないですよ。私のオリジナルですから(笑)。
「番組で言うてた」とか言わんといてくださいね(笑)。

続 「人が亡くなった時、仰向けに寝かされのはなんで?」

「いつ答えを書いてくれるんですか。ずっとボーっと生きたままになるやないですか」とお叱りを受けました。
お待たせしました。では・・・

「チコちゃんは知っています。たぶん(笑)。人が亡くなると仰向けに寝かされるのは~、(ジャジャン)亡くなった人を見ることを強制するため~」
・・・どうでしょう。ピンときますでしょうか。

一般に、お葬式は亡き人とのお別れの儀式と思われていますよね。
仏教的には、それだけではなく、死を縁に仏教に出会っていただくということに重きを置きます。
しかし、宗教を問わず、民族を問わず、人類が太古から行ってきた葬送の儀式の一番の目的は、人に死体を見てもらうことにあるんです。

お茶の水女子大学の文化人類学者・波平恵美子さんの『からだの文化人類学』という本から一節を紹介させていただきます。
葬式を執行する人々は決して意図しているわけではないのだが、遺体を「見せびらかして」いるのであり、遺体は「見せびらかされている」のである。亡くなった人が生き残った人々に「見ることを要請している」、さらには、周囲の人々は亡くなった人に「見ることを強制されている」とさえいえる。
つまり、人に死体を見てもらう、それもしっかり見てもらう、見たくなくても見なさいと強制する、そういう意味があるんです。

最近は、葬送の際に遺体を列をなして運ぶということはなくなりましたが、昔はありましたね。
でも、もし運ぶだけなら数人で事足りますし、チャッチャと運んでも構わないはずです。
なのに列をなして練り歩くのには、みんなに「この人は死にました」とわざわざ見せて回るという意味があるんです。

pht_blg_190520.jpg

みんなで亡き人を見送ってあげたい。そういう気持ちもきっとあるでしょう。
でも、亡き人を見送る前提として、死を受け入れるということが必要です。
そのためにも、この人は死にました!と知らしめる必要があるんです。

例えば、戦死された時もそうですし、東日本大震災の時もそうでしたけど、遺体がないと遺族はなかなか死を認めることができません。
遺体との対面は辛いことですが、それがないと遺族の心が迷うんです。
死んだ側ではなく遺族の方が迷うんです。
ですから「お辛いでしょうが、よく見てください。間違いなく亡くなられておられます。分かりますか」「はい・・・」という確認はとても大事なことなんです。     【つづく】

奈良公園散策の締めくくり

奈良公園散策の締めくくりは、猿沢池のほとりの柳茶屋で休憩です。

明治初期創業という風情のあるお茶屋さんで猿沢池に面して大きく窓があって店内から涼しげな奈良の風景が見られます。

茶粥なども出されるようですが、今回は冷やしぜんざいとミルクわらび餅を頂きました。
     【by坊守】

pht_blg_190516.jpg

奈良公園を散策

pht_blg_190518.jpg五月晴れの一日。
娘と奈良公園を散策してきました。

私は旧奈良市内の育ちなので、奈良公園は子供の頃から遊び慣れた馴染み深い場所♪

観光客でごった返す三条通りや春日大社参道、興福寺、東大寺を避けて奈良公園をぐるっと一周しました。

一の鳥居から浮御堂、飛び火野、ささやきの小道を抜けて春日大社の前を横切り若草山を眺めながら二月堂、春日野へ。

私が子供の頃よく通った春日野プールはシルクロード博の時に取り壊されて、松の大木がたくさん生えていて夏でも木陰が広がっていた春日野は原っぱになってしまいましたが、ここに来ると変わらぬ緑に心が和みます。
    【by坊守】
 

正信偈のお話 道綽決聖道難証④

道綽決聖道難証 唯明浄土可通入
万善自力貶勤修 円満徳号勧専称



道綽(どうしゃく)の生涯を辿りますと、誕生前の十年間に遡りますが、549年に梁の武帝が殺され、中国北部では戦乱の日々が始まります。
その上、557年と翌年はイナゴの害で作物が全滅。
さらに度重なる政変で次々と皇帝が死んでは変わりました。
このような時代に道綽は生まれています。pht_blg_190529a.jpg

道綽の故郷は戦火に踏み荒らされ、「人畜の死骸が相枕し数百里にわたって絶えず」という言葉が残るほどでした。
さらに大雨、飢饉で餓死者がでるわ、彗星があらわれ不安が広がるわ。
そんな厳しく不穏な世の中にも関わらず、僧侶たちは浮世離れした生活を送っていました。
これが道綽の三歳頃までの状況です。
 

25号線バイパス周辺の今昔

三月の終わりの頃、お寺の裏のバイパスの東側が国道25号線とつながりました。

信号も増え、車の流れが変わってきたように思います。
つながる前はスカスカだったこともあり、スピードを出す車がありました。
そんな車でしょうか、前の癖?で出す交通違反の車を日に何度もパトカーが追いかけています。

バイパスの辺りは、娘が小さい頃はレンゲの咲く田んぼが広がっていたのに・・・。
嘘のような現在の風景です。

そんな中、バイパスの西の端の三室の交差点はどのようになるのかずっと疑問に思っていました。
高架になるように工事をしているように見えるけど・・・。

25号線の完成予定場所近辺に出来上がり予想図の看板を見つけました。
これでちょっと謎が解けました。
バイパスの機能と地域住民の利用を考えてこのような形になったのかなと思いますが・・・なかなか大変な工事ですね~。      【by坊守】

pht_blg_190506.jpg

チコちゃん風クイズ「人が亡くなった時、仰向けに寝かされのはなんで?」

pht_blg_190504.jpgNHKの『チコちゃんに叱られる!』という番組はご存じですか?
「大人のみなさん、ちゃんと答えられますか?何も考えずにノホホンと暮らしいるとチコちゃんに叱られますよ」「ボーっと生きてんじゃねーよ!」って聞いたことありません?

お笑いのナインティナインの岡村隆史さんが「チコちゃんでーす!」と紹介して、「チコです。どぉも~。永遠の5歳です。本日もよろしくお願いいたします」という挨拶で始まります。
番組の中身は、5歳という設定のチコちゃんという着ぐるみ女の子が、大人の解答者たちに素朴かつ当たり前過ぎる疑問を「なんで?」って聞くんです。
それに大人が、「えっ、なんで!? なんで・・・」って答えに詰まると、真っ赤に巨大化した顔で、「ボーっと生きてんじゃねーよ!」の決め台詞で怒られるという番組です。

ご門徒さんも結構ご覧になっておられる人気番組なので、今年の法話の枕に『チコちゃんに叱られる!』を真似してオリジナルの問題を披露していまして、お陰様でとてもウケてます(笑)。

「ねえねえ、この中で、身内との悲しいお別れも経験してきた一番人生経験豊かな大人ってだぁれ?
それでは、すいません、ちょっとお尋ねします。
人が亡くなると、どういう風に横たえてあります?
そうですね。仰向けに寝かされていますね。・・・あれはなんで?」

ちなみに、うちの息子は「それが普通やん」って言いました。
でも横を向いていても俯していてもいいものを、私たちはわざわざ仰向けにするんです。それは何故なんでしょう?
嫁は「だって、うつ伏せだったら、眼とか鼻とかからデロデロ出てくるやん」って答えました(笑)。
確かにそうなのですが、そういう物理的なことよりも、もっと他の理由があるんです。

「チコちゃんは知っています。たぶん(笑)。人が亡くなると仰向けに寝かされるのは~、(ジャジャン)答えはまた今度~♪」
月別アーカイブ