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正信偈のお話 道綽決聖道難証④

道綽決聖道難証 唯明浄土可通入
万善自力貶勤修 円満徳号勧専称



道綽(どうしゃく)の生涯を辿りますと、誕生前の十年間に遡りますが、549年に梁の武帝が殺され、中国北部では戦乱の日々が始まります。
その上、557年と翌年はイナゴの害で作物が全滅。
さらに度重なる政変で次々と皇帝が死んでは変わりました。
このような時代に道綽は生まれています。pht_blg_190529a.jpg

道綽の故郷は戦火に踏み荒らされ、「人畜の死骸が相枕し数百里にわたって絶えず」という言葉が残るほどでした。
さらに大雨、飢饉で餓死者がでるわ、彗星があらわれ不安が広がるわ。
そんな厳しく不穏な世の中にも関わらず、僧侶たちは浮世離れした生活を送っていました。
これが道綽の三歳頃までの状況です。
 

正信偈のお話 道綽決聖道難証③

道綽決聖道難証 唯明浄土可通入
万善自力貶勤修 円満徳号勧専称


道綽(どうしゃく)は出家・在家の区別なく念仏することを勧めたので、念仏は広く世間に行き渡りました。

pht_blg_190529b.jpg子どもたちを集めては、升に盛った小豆粒を称名一遍に一粒ずつ他の升に移させて念仏の回数を数えることを教えました。
それによって7歳以上の者はみな念仏をとなえるようになったといいます。

また彼は、木楼子(むくろじの実)をつないで数珠を作り、それで念仏を数えさせました。
数珠はインドで、もとバラモンが用いていたものですが、後に仏教でも用いるようになりました。
中国の仏教史では記録による限り道綽の用いたものが最も古い例です。